
今回から、この10年の指導実績の中で、印象的な生徒さんのケースを、ご紹介していきます。
より具体的に私たちの指導内容をお伝えするためです。もちろん生徒さんのプライバシーや地域等は特定できません。個人情報は一切記載しません。そして現在指導中の生徒さんには、一切言及していませんし、関係もありません。こうした個人情報を公開しなくとも、指導の具体的な内容は十分お伝えできると思います。今回ご紹介するのは”Aさん”のケースです。
人の縁というものは不思議なものです。Aさんは、関西の私立高校である天理高校への進学を決意し、合格されました。新潟県から奈良県の私立校へ、まったく地縁も血縁もない見知らぬ土地の学校にどうして進学を決意されたのでしょうか?
1. 指導開始時は?
Aさんは、地元の普通中学3年生で、受験前年9月から、指導をはじめた生徒さんです。彼女の学習面での問題点は数学が極端に遅れていることでした(分数計算が怪しいレベル)。その一方で英語は非常によくできる生徒さんでした。
生活面では、中学2年の1学期に、先輩女子のいじめを受け、2学期まで不登校を繰り返していた時期がありました。主に、この問題が数学の遅れに直結していたようだったのです。しかし人柄は明るく、部活動にも積極的なお子さんでした。おそらく目立つタイプの生徒さんだったので、上級生の誤解を生み、いじめのターゲットになったように私には思われました。非常に考え方がしっかりしており、将来は大学にも進学して、心理療法士をめざしたい、と言っていたのを覚えています。
そのAさんが、ちょうどいじめを受け、苦しんでていた2年生の夏休み、天理高校のブラスバンド部顧問の先生のお話を聞く機会があったのです。その時のお話が、彼女の天理高校へ進学したい、と思う気持ちにつながったようでした。それから一段と学校の部活動であるブラスバンドに情熱を傾けるようになっていました。
天理高校ブラスバンド部は全国有数のクラブです。また野球やラグビー部も名門で、全国大会の常連校です。よくテレビでも、学校を応援するブラスバンド部員の様子が放映されていました。彼女は、”自分も甲子園で応援したい”という夢を明確にイメージしたのです。部活動が高校受験を支える動機となることも、よくあることです。そうした状況の中で、あるご紹介から、縁あって学習指導を開始しました。
2. どう取り組んだのでしょう?
最初の2ヶ月は彼女を観察しました。まず、本人のよい点をきちんと認識させたのです。まず英語ができること。県の統一模擬試験で90%以上の得点を取ることができました。しかしその一方で致命的なのが数学です。最初、おそらく20%前後しか得点できなかったのではないか、と記憶しています。残されている期間は約半年。この時点で、彼女が、すべての数学の範囲をこなし、得点できるようになるのは困難だろうと判断しました。
そこでまず、天理高校の過去問と進学資料を取り寄せました。それらの問題を分析し、合格するための必要な学習レベルを把握するためです。同時に現在のAさんの学力で、どのレベルまでできる必要があるかを把握していきます。最初の2ヶ月間は、Aさんが求められる学習レベルに到達できるよう、学習内容や生活を最適化していくのです。
戦略的には、英語と国語で得点を稼ぐこと、数学は計算問題が確実な得点源となるように問題をくりかえすこと、などと指示を絞りました。これで天理高校の合格最低レベルまでもっていけば、あとはがんばりのきく、理科と社会でなんとか合格できると、本人に明示したのです。
3.いや、困った問題点!
どんな生徒さんでも、様々な問題に直面します。このAさん特有の問題点は、目標校との受験環境の違いでした。どれくらいのレベルの問題が出題され、どれくらいできれば合格できるのか、まったく本人は、イメージできないのです。受験指定図書(新研究)と過去問を徹底比較させ、どのレベルまで必要なのか。それらを科目ごとにAさんに周知徹底させました。そして徐々に自分の合格目標値を意識した学習を継続していったのです。新潟県内の学校であれば、進学資料が揃い、それを指針にできます。また合格者も自分の身近にいる場合が多い。そうすればAさん自身も、どれくらいのレベルかを、よりつ安かったでしょう。その基準がないことが最大の問題点だったのです。
関東圏と関西圏は、生活や文化も全く違います。Aさんには、実際に天理高校に赴いてもらい、本当に自分に合いそうなのか、どうかを肌で感じてもらったりもしました。
4.そして最後は?
大小多くの山を乗り越えました。実力はつきました。しかしやはり合格基準がはっきりしないのです。
滑り止めとして新潟県内の公立高校も受験することにしました。天理高校の入試日は、2月下旬。私自身もできることはやった、という思いで、Aさんを送り出したのです。
結果は?そう、”合格”です。
学業面だけでは正直、厳しいと思っていました。それが合格。本人以上に、私も大喜びでした。
天理高校は、5教科の学力試験だけではなく、小論文や面接まで行い、全人的な審査プロセスを取っていました。このことも彼女にとって、幸いでした。面接試験では、彼女自身のユニークな境遇や動機なども、十分にアピールできました。一見不利にも思える、新潟県からの受験やいじめを受けた体験さえも、志望動機を補完する経験だからです。
人の人生にはいろいろな段階があります。そのときには、苦しいだけとしか思えないことでも、人生の後の事柄に結びつくともあります。”いじめ”は、昔からありました。それは自らにも原因があり、周りにも原因があります。だからといって悩んでばかりいてもしょうがありません。解決策の一つは、夢中になることを見つけることではないでしょうか。好きで、取り組めることを見つけると、今まで解決不可能と思えた問題も、どうでもよく見えることがあります。Aさんのように、苦しくてたまらなければ、無理に学校に行くことはありません。でも一息ついたら、その問題の解決へ踏み出す勇気が合格という結果に結びついたのでした。もちろん、運もよかった。でもその運さえも踏み出す勇気がなければ、実現しなかったでしょう。私も生徒さんから、人生を学んでいます。